中国古典

  • Post Author:
  • Post Category:ブログ

 5日、日本政府は新型コロナウイルス感染拡大予防のため、中国全土からの入国拒否と同等の措置に踏み切りました。これ以上感染を拡大させない為のとは言え、私には同じアジア人を「来るな。」とするこの政策は、心が痛みます。発生源である中国・武漢市。中国は王朝が変わる度に地名が変更されることも良くあります。今の東京もそうですよね!徳川400年の時代は江戸、その前は武蔵の国。明治維新により倒幕された後は東京府、明治22年(1889年)には東京市、1943年には東京都と名を変えていきます。武漢市は古くは周の時代、紀元前1046年頃に成立した王朝であります。その頃の武漢市は沙羨県、あの劉備、曹操や孫権達が覇権を争う三国時代は夏口と呼ばれました。長江沿いにある、戦略上の要所であります。中国史好き、三国志ファンにはお馴染みの地名です。

 俗に言う中国4000年の歴史と共に多くの著書が存在します。いにしえの賢人や学者、一国の君主等様々な人々の教えや考え、名言がびっしり詰まった中国古典。今の方には馴染みの薄い書物となりましたが、得るものは多くあります。その膨大な書物の中から、今日は1冊ご紹介します。

 『老子』は今から二千数百年前に書かれました。作者は老聃(ろうたん)と呼ばれる人と言われていますがあまりよく分かっとらんのです。何しろ2千年以上前ですからね。驚くべきはあの『論語』の著者、孔子との出会いです。老聃に教えを乞うた孔子に、「良͡賈(りょうこ)ハ深ク蔵シテ虚シキガ若ク、君子ハ盛徳アリテ容貌、愚カナルガ若̪シ」という一句を引いて、次のように戒めました。

「聡明で洞察力がありながら、死の危険にさらされる人が、それは人を批判すぎるからである。雄弁かつ博識でありながら、その身を危うくする人がいるが、それは他人の悪をあばくからである。およそ、社会関係の中で生きる者は、くれぐれも自己主張を控えなければならない」

 その通りではありませんか?昨今はSNSが発達し、知らない人と簡単に繋がることができる一方で、すぐ人の投稿にケチをつけたり、誹謗中傷を生きがいとする輩が大量発生しました。便所の落書きと同じものを書き込むのです。そりゃ、気分悪いですよね~。その書き込みに逆上して、ついに殺人事件に発展したのは記憶に新しいです。老聃の言葉通り、人を批判しすぎない、他人の脛の傷は触れない。これだけでも随分と優しい社会になります。

 さらに、老子は「上善(じょうぜん)ハ水ノ如シ」と続けます。もしかしたらお酒で似た名前をお聞きした方もいるかもしれません。理想的な生き方を水に学べというのです。

 要約しますと

・相手次第でいかようにも対応できる柔軟性

・低きに低きにと流れる謙虚さ

・むやみに相手と事を構えないおおらかさ

いささか説教臭くなってしまいましたが、お許し下さい。この『老子』のいくつかの言葉を心掛けて、すこし肩の力を抜いて生活してみて下さい。きっと心も体も今よりちょっと軽くなるはずです♪